最期のとき
2016 / 05 / 23 ( Mon )
その日の晩はずっとだっこしていたのだけど、亡くなる前、少しだけ呼吸が速くなって苦しそうなかんじがしたので、「ハリー、大丈夫?」と呼びかけるとすぐに静かな呼吸に変わって、それからほどなく眠るように逝ってしまいました。あまりにも穏やかな最期で、本当に亡くなってしまったのか、眠っているだけなのかすぐには判断ができないくらいでした。でも呼吸をしていないことを確かめると、ハリーが旅立ったことを認めざるを得ませんでした。
ひとしきり大泣きしたあと、流さなくていいシャンプーで体をきれいにして、丁寧にブラッシングしてあげました。リビングで息を引き取ったので、お別れまでみんなでそこで過ごすことにしました。最初の晩はハリーが使い慣れていた大きめのクッションに寝かせて、眠っているようなお顔のハリーに添い寝をするようにして、浅い眠りにつきました。翌日お寺さんに葬儀と火葬のお願いの連絡をしたのですが、5月1日にしてもらうことにしました。ほんとは中一日おいた30日くらいがいいのかもしれませんが、暦を見ると友引だったので、アラレも病気を持っていることから、少し気にかかりその次の日にしてもらったのです。お寺さんでは友引は関係ないから30日でもかまわないと言われたのですが、もしも何かあったときに後悔しないように、少しでも気になることはやめようと1日にしました。それに1日でも長くハリーと一緒に過ごしたいという思いもありました。おかげで3晩一緒に過ごすことができました。亡くなった翌日には棺に移し、お気に入りだったおもちゃと最後はあまり食べられなかった大好きだったおやつをいろいろ入れてあげました。そしてみんなで撮った写真も厳選して2枚だけ入れました。向こうでは思いっきり走り回れるように、あえてリードや首輪は入れませんでした。そしてパパとあのときはああだったね、あんなこともあったね、と思い出話をしながら、泣いたり笑ったりしながら、ハリーをなでては何度もキスをしました。

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丸2日あったのに、最後の夜になると忘れ物はないか慌ててしまって、このあとに洋服が苦手なハリーだけど、寒いといけないと思って似合っていたお洋服を一着と、泣きながら書いた手紙、それと私の宝物(若い頃パパにもらった思い出の品)を入れました。さすがに最後の夜と思うと全く眠れず(パパとアラレはぐーぐー眠っていましたが)私はずっとハリーのお顔を見て朝を迎えました。
葬儀室(葬儀)とお別れ室(告別式)でお経をあげてもらって、火葬してもらいました。
その間、煙突を見上げていましたが、今は公害問題などのために煙が出ないようになっているらしく、熱によるかげろうが漂うのが見えるだけでした。その後お骨拾いをして、骨壺を抱えて帰って来ました。

3日前にはもう亡くなっていたのに、まだハリーの姿があったので、直接話しかけることも触れることもできたので、悲しかったけれどなんとか気持ちを平静に保つことができていたのだけど、小さなお骨になってしまったハリーをうちに連れ帰ると、それまでとは比べものにならないほどの悲しさ、寂しさ、苦しさを味わうことになりました。まさに身を切られる思いとはこういうことをいうのだと思い知らされました。
どこを見てもハリーの思い出ばかりなのに、ハリーの姿はもうどこにもない。この日から本当の寂しさと戦うことになるのでした。
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